恋する惑星 - 流動性と遠近感を楽しむ指南書
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『欲望の翼』を完成させたウォン・カーウァイが4年の沈黙を経て香港で公開した『恋する惑星』は、前作ほどの過激なストーリーを避けている。手持ちのカメラや既成の光源だけによるライティングという簡潔な撮影方法に頼り、リズミカルな速度と映像的なリアリティを遺憾なく発揮した『恋する惑星』は、ウォン・カーウァイ監督作品のなかでも人気が高く、この映画からファンになった人も多い。
「いくつかの短編小説を集めたもの」と自らのポリシーを語るウォン・カーウァイは、『欲望の翼』のラストで唐突に登場したトニー・レオンを『恋する惑星』の主役に据えた。この作品は大きく2つのストーリーに分かれている。前半は、ブリジット・リンが演じるドラッグ密売の元締めと、金城武の演じる若い刑事との奇妙な一夜の出会いと別れ。後半は金城武の扮する刑事がよく立ち寄っていたファースト・フード店の売り子のフェイ(フェイ・ウォン)と警官(トニー・レオン)とのドラマだ。
この2つのドラマには謎めいた雰囲気が最後まで漂っている。前半では、ブリジット・リンは名前もなく、金髪の髪と黒のサングラスをつけたままである。彼女は麻薬の密売を手伝わせた連中に持ち逃げされ、愛人である白人男性にも裏切られ、過激な暴力の場に駆り立てられている。しかし、リンの内面的な描写は徹底して避けられており、金城武とホテルに宿泊した一夜も、彼が彼女のハイヒールを磨く傍らでひたすら眠りつづけている。翌朝、二人は既に見知らぬ者どおしとなって街へ消えていった。
後半の謎はさらに大きい。トニー・レオンの演じる警官が、恋人のスチュワーデス(チャウ・カーリン)に振られる場面からこのドラマは始まる。やがてファースト・フード店の売り子フェイ(フェイ・ウォン)と知り合うが、彼を好きになったフェイは無断で彼のマンションに出入りする。彼女は恋するトニー・レオンの家で彼の不在中にひたすら掃除をするのだ。フェイが掃除をする場面ごとに、警官とスチュワーデスとの恋愛まつわるストーリーがコミカルに縫い込まれているが、フェイはスチュワーデスが好きだったCDを自分のお気に入りのものにすり替えるなど、大胆で面白おかしい悪戯を続ける。そして、なんとドラマの最後では、フェイがスチュワーデス姿で(前半のリンのサングラスをかけながら)登場し、意中の警官は、いつの間にかファースト・フード店の店長となっている。
このように『恋する惑星』では役柄の整合性によって観客にストーリーや場面を理解させるという当然の前提が無視されている。ウォン・カーウァイは、かつて「俳優が私の映画を全く理解していないことを望んでいる」と語ったことがあるが、『恋する惑星』はその方法が貫かれた作品だといえる。当然、舞台が香港という固有名詞を備えている必要もなく、原題が示すとおり、重慶マンションと森林という二つのジャングルがこの映画の醍醐味になっている。ジャングルでは、二人の男女が向かい合っても、その遠近に違いが生じてちぐはぐになってしまう。『恋する惑星』はその遠近感の違いを充分に堪能させてくれる名作だ。
