接触に向かう視線

ウォン・カーウァイの描く男女は短期間の接触に向かうことが多い。映し出されるさまざまな恋愛は、あたかも永遠の愛を拒絶しているかのようだ。ここでは、瞬間的といっていいほど短い男女の視線の「絡み」を描写してみた。

恋する惑星/ブリジット・リン2001年の秋が深まった頃、知り合いの方とあまり楽しくなかった食事をした帰り、一人になったぼくは誤って快速電車に乗ってしまった。そして、終点のJR天王寺駅のホームで和歌山方面ゆきの各停を待つことになった。

電車を待っている隣の乗客の列をふと見ると、20代半ばと思しき女性がポツンと一人で立っていた。旅先からの帰り、ボストンバックがパンパンだ。ショートカットの黒髪で化粧を丁寧にしている。Gジャンを着ていて、黒のタイトスカートには、真後ろのスリットが足の付け根のすぐ下まであった。ストッキングもヒールも黒で固め、ヒール10センチくらいのプラットホームが、タイトで格好いい雰囲気をしたこの女性をしっかりと支えている。ボストンバッグも含めた彼女の全体に、ぼくは目が眩んだ。数秒だったと思うが見とれているうちに、やがてその女性と目が合った。さらに数秒のあいだ、お互いが見つめ合った格好になってしまい、ぼくはバツが悪そうに目を逸らした。

恋する惑星/トニー・レオンとフェイ・ウォンすると、いつの間にか電車がやって来た。ぼくは彼女を眺められる位置を奪おうと考えていた。彼女の前に立っていた男性と同じ側に座るのが無難だと思い、首尾よく彼女と向かい合わせの座席に座ることができた。とはいっても、長い座席の端と逆の端、つまり対角線だったのだが。

やがて電車は発車し、いくつかの駅で客を降ろしていった。そのあいだ、彼女からの視線はしっかりと感じるけれど、その視線に答えることを躊躇いつつ、ぼくは車内の広告や窓の外をぼんやりと眺めているかのように振る舞った。そのような、なかなか辛いものがある振る舞いを数分だけつづけ、その後、思い切って彼女を見た。彼女の視線は、ぼくを漸近線としていて接近はしているものの、互いの視線の接触がない。

いったん目を離し、数秒後に再び視線を合わそうとするが、事態は変わらない。どう考えても、彼女の顔の向きは体の方向とバランスが悪いのだが、お互いの目だけは合うことがない。「どうせ、ぼくの二つ手前の駅で降りるんだろうよ。」と思っているあいだにも、何度となく、視線の逸らし合いの応酬がつづき、予想どおり、彼女は乗降客の多い二つ手前の駅で降りた。

つかの間の応酬を楽しんでくれたのか、彼女は、座っていた近くの出口からは出ず、乗客の多い私の隣の出口をとおり、ちらっと微笑みながら出て行った。手持ちの大きいバッグは私と逆側に持っていたことに、ぼくは嬉しく思いつつ、ポーカーフェイスで見つめながら「ありがとう」という表情を贈った。はたして彼女にメッセージは届いたのだろうか。