演じ尽くす俳優 - 私のレスリー・チャン
*このエッセイは、投稿していただいた中国人女性のご厚意により、映画情報など形式的な修正・加筆を若干行なったうえで掲載している。
2003年の4月1日、私がずっと見つめて続けていたレスリー・チャン(張國榮)が、遺書を残したまま、香港のホテルから飛び降りた。彼の自殺は、未だに過去のこととは思えない。ここでは彼の演技を中心に、一目惚れからはじまったレスリー・チャンを回想したい。
私が初めて彼を知ったのは『鼓手』(83)という映画だった。この映画で、レスリー・チャンは明るく音楽の好きな少年として登場していて、どんな困難があっても、自分の夢を決して諦めようとしないドラマーを見事に演じていた。
穏やかな気分でレスリーを頼もしく思い、また彼に憧れはじめた矢先、王家衛の『阿飛正傳』を観た。『鼓手』の時とは全くの別の役をしていた彼に、驚きを隠せなかった。麻薬・セックス・暴力に明け暮れる、ほとんどクレイジーといっていいほどワイルドな若者の演技をみせるレスリーに少しとまどいを覚えた。でも同時に、自分を苛めきってしまうような演技が逆に私への麻薬となって、彼の演じるヨディに魅了されたことも覚えている。「脚のない鳥」という奇妙な言葉がキーとなっているこの作品で、彼の演技は、「ある鳥が空に向かって飛んでいく。翼が折れるまで飛んでいく」という、王家衛の創りだす作品の醍醐味を十二分に表わしている。
また、恋愛をテーマにした映画も思い出深い。『オペラ座の怪人』をモチーフにした『夜半歌聲』(95)では、ン・シンリン(呉倩蓮)と共演し、朽ち果てた劇場にたどり着いた旅回りの一座が織りなす1930年代のせつないラブ・ストーリーをみせてくれたし、同じく30年代の上海を舞台にした『紅色戀人』(98)では、共産党の工作員の役を演じたレスリーは、メイ・ティン演じる恋人とともに、厳しい状況の下での恋心を教えてくれた。
しかし、どの映画でも「表現し尽くす」という言葉がピッタリと当てはまるレスリー・チャンの出演作のなかで、最も注目された映画は『覇王別姫』(93)だろう。日中戦争、文化大革命と、中国の激動の時代を生きた京劇役者の愛憎を描いたこの作品では、コン・リー、チャン・フォンイーらと共演し、レスリーは北京オペラ劇団の俳優の役を演じていた。劇団のなかで兄貴分にあたるような男性に恋をし、その妻をも含めた関係のなかで、複雑な気持ちを見事に演じていた。つまり、彼はこの作品のなかで女として出演しているのだが、一見ショッキングなその姿は、とても美しくあまりにも魅惑的で、観客を魅了させたものだ。
最後に、歌手としてのレスリーにも触れておきたい。彼の歌声は、地の底から出てきたかのような振動を伴った、低くて微妙に粗い、人の心を動かすものだと私は思っている。彼の歌った曲は数え切れないが、私が一番好きなのは『夜半歌聲』に挿入された「一辈子失去了你」という曲だ。これは、レスリーのための、レスリーにしか歌えない曲だ。コンパクトディスクが販売されていなかった95年の中国で、私はその曲を聴くためだけに何度も映画館へと足を運んだが、今思い出しても懐かしい。
以上、レスリー・チャンの思い出を一気に振り返った。2003年の4月1日、あのような死の道を選んだ彼は、今、私たちよりもずっと高い所にいて、寂しい思いをしているだろう。本当に鳥のように空に向かって飛んでいきたかったのだろう。そして、翼が折れるまで飛んでいった彼は、もう私たちの所へ降りては来ない。
- 『鼓手』ヤン・クァン(楊櫂)監督、1983年、香港。日本未公開、英題『The Drummer』
- 『阿飛正傳』ウォン・カーウァイ監督、1990年、香港。邦題『欲望の翼』、英題『Days of being Wild』
- 『夜半歌聲』ロニー・ユー(于仁泰)監督、1995年、香港。邦題『逢いたくて、逢えなくて-ファントム・ラバーズ』、英題「The Phantom Lover』
- 『紅色戀人』イエ・イン(葉纓)監督、1998年、中国。邦題『追憶の上海』、英題「Time to Remember』
- 『覇王別姫』チェン・カイコー監督、1993年、香港。邦題『さらば、わが愛』、英題『Farewell to My Concubine』
- 『紅樓春上春』カム・シン(金鑫)監督、1978年、香港。邦題『君に逢いたくて』、英題『Erotic Dream of Redchamber』

