ラウ・イーチョン(劉以鬯)
王家の肖像 > key >ラウ・イーチョンは短編を得意とする香港の作家。1日2万字の文章が書けることで知られるラウ・イーチョンはウォン・カーウァイの『花様年華』・『2046』に霊感を与えた。ウォンの両作品のクレジットには「特別鳴謝」としてラウの名が挙げられている。月刊誌『香港文学』の編集長、香港作家連合会の会長、香港文学研究会の会長などを歴任した。
ラウ・イーチョンは本名を劉同繹といい、1918年12月7日に上海で生まれた。41年にニューヨークのセント・ジョンズ大学を卒業後、日中戦争下に重慶の首都でジャーナリズムへの道を決意し、香港へ48年に移住した。91年の退職後は雑誌編集などで活動。上海生まれの香港育ちという点はウォン・カーウァイと同じである。
1952年に香港からシンガポールへ渡り、5年後の57年に香港へ戻っている。香港→シンガポール→香港という移動経路は『花様年華』・『2046』の主人公チャウ・モウワン(周慕雲)と同じ。なお、組籍(※)は浙江省の鎮海。
主な作品に『酒徒』『寺內』『一九九七』『對倒』『天堂與地獄』等40本ほどある。評論活動では『端木蕻良論』『看樹看林』『短綆集』等。
ラウ・イーチョンのウォン・カーウァイへの具体的な影響だが、『花様年華』では『對倒』、『2046』では『酒徒』がそれぞれモチーフとなっている。前者については特に批評と原作の関係だといってよいだろう。
その『花様年華』の原作となった『對倒』は、当初、長編小説として1972年に香港の新聞『星島晩報・星晩版』で連載が始まった。叙事的な要素をさらに強調させようと書き改めたのが短編小説の『對倒』で、こちらは75年に雑誌『四季」で連載がスタート。初老の男性と20歳前後の少女に関する徹底して叙事的な短編小説である。
簡単に『對倒』の概略を記しておくと、登場人物がただの二人。一人は過去の事を忘れられない老人であり、もう一人は未来のある20歳ほどの女性である。この作品では、全く関係のない二人が同じ街で、老人の方は過去を回想しながら遊歩をし、女性の方もまた、ショッピング街などを買い物することなく歩き回りながら、内心世界の吐露を行なっている。『對倒』と『花様年華』では登場人物の年齢差があるものの、互いに関係のない二人が出会った後日談がウォン・カーウァイの『花様年華』だとみるかぎり、この『對倒』が『花様年華』の原点の一つになったと考えていいだろう。
ウォン・カーウァイは『花様年華』を製作するにあたり、ラウ・イーチョンに電話などで当時の香港の雰囲気や室内装飾(インテリア)について尋ねまくったそうである(一説にはこの映画自体をラウ・イーチョンは一切知らなかったといわれているが、これは考えにくい)。なお、『花様年華』上映の後日談だが、『花様年華』のクレジットに自分の名前が記されたことで上映後に有名になり、香港だけでなく、シンガポールやマレーシアなどの東南アジア圏、フランスやドイツなどのヨーロッパ圏でもファンを量産した。中国大陸ではさほど人気を得なかったようだが、それはラウ・イーチョンの短編小説が西洋風の「断片」的なスタイルとなっており、金庸が絶大に人気を誇る文化に属するもの異なっているからだと思われる。
※組籍は「老家」ともいい先祖の発祥地をさす(現在の中国人はあまり使わない)。
